今回の旅行の目的は原爆ドームと広島平和記念資料館の見学がメインでした。見学の後、昼食にはお目当てのお好み焼き「みっちゃん」で広島焼を堪能。そして広島城まで徒歩で見学へ。日程が8月6日の原爆投下の翌日だったこともあり各所でイベントや式典もあり、まさかの遭遇も。
原爆ドームと広島平和記念資料館へ
弾丸!広島への日帰り旅行に行ってきた。
日帰り旅の滞在時間行を考慮し、今回の観光の目的は広島平和記念公園と、時間があれば広島城を見学しようと。
実のところ広島平和記念公園へは 過去に2度は訪れたことがあります。
もちろん広島県の観光地といえば、呉や宮島へも訪れたこともありますが、今回はパスです。
過去に訪れたことがあると言っても、すべて一人旅ではなかったので、同行者とのペース配分もあり、じっくりと自分のペースで観光できたことは一度も無かったのです。
今回は一人旅。限られた時間ではありますが、自分のペースで納得いく観光しようと思ったのです。
特に「広島平和記念資料館」にはマイペースで見学したかったのです。

出発地は神戸、新神戸駅から新幹線で広島駅へ。
広島までは新神戸からだと1時間ほどの乗車なので、「のぞみ」ではなく、数分時間はかかりますが乗り心地の良い「さくら」で行くことに。
広島駅に到着後、平和記念公園への交通手段は広島電鉄、通称「広電(ひろでん)」にしました。
新しく広電が広島駅の駅ビル2階の高架(スロープ・斜路)の上にできてからは乗車したことがなかったので、あのスロープの感覚を味わいたかったのです。
現在の広電の広島駅になったのは2025年(令和7年)8月3日です。
広島駅南口広場の再整備に伴う「駅前大橋線」の開業により、路面電車が駅ビルの2階へ乗り入れるようになったそうです。
広電(広島電鉄)の2号線(2系統)下り(広島駅発)「広電宮島口行き」に乗車、「原爆ドーム前」駅で下車。
南側に徒歩数分で「原爆ドーム」に到着。

原爆の爆心地は「原爆ドーム」から見て南東方面、距離約150~160メートルの上空600メートルの地点でした。
実際は原爆ドームの周りを一周しての見学だけになりますが、要所要所に語り部の方がおられ、観光客が熱心にお話に耳を傾けています。
外国の観光客に対しても、外国人のガイドの方がお話をされていましたね。
原爆ドームの象徴、骨組みだけの鉄のドームとは、建物(広島県産業奨励館)の正面中央にあった5階建ての階段室の最上部に載っていた、銅板葺きの楕円形の屋根(円蓋)の部分を指し、原爆の熱で融解温度の低い銅部分だけが解け落ちたとのことです。
そして、爆心地に面した方角の建物部分は崩壊し、反対側(爆心地から見て裏側)の建物は崩壊から逃れています。
原爆ドームを見学される方は、南東方面の150~160メートルの上空600メートルで爆発した原爆を想像してみて下さい。
ほぼ真上で爆発したに等しい距離です。

原爆ドームの周りを何周かして、レンガの散乱した様子や残った建物を見学した後、「広島平和記念資料館」に向かいました。
原爆ドームから「広島平和記念資料館」の建物の真正面の方向に歩いていると、物々しく警察官が警備されており、一人の警察官が寄ってきて、資料館へは迂回して向かうように誘導されました。
その日は、原爆投下の翌日の8月7日でしたので、色々と式典があることは承知していました。
8月6日の「原爆の日」には、日本で初の女性総理・高市早苗総理が「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」に訪れたとき、極左活動家や反対派グループが平和記念公園周辺や前日からの集会で「高市打倒」「式典粉砕」「高市は帰れ!」などと声を上げ、抗議活動やデモ行進を行ったとニュースで報道されていましたが、翌日にも同じ抗議活動が行われていたようです。
デモの姿は見えなかったのですが、拡声器の声が聞こえていましたので。
警察官の誘導のもと迂回路を通り「広島平和記念資料館」に到着。
入場前で 200円の入場券を購入し、何年振りかの資料館の中へ。

今回の資料館での目的は、原爆による被害の悲惨な展示物や写真を改めて見学することや、展示されている原爆により人生を狂わされた県民一人ひとりの人生に思いを馳せることでした。

今回の「広島平和記念資料館」の訪問で、改めて原爆の恐ろしさ、戦争の愚かさを再認識し、資料館を後にしました。

昨今の報道で世界情勢のニュースを見ても、私たちの暮らす環境は、地球規模で危うくなっていると肌で感じてしまいます。
地球上の各地で行われている紛争は、以前からありましたが、2022年2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻以来、世界情勢は一変したように思います。
それまでは、「現代のグローバルな世界の中で、力による支配を考えるバカな人間はいないだろう」と考えていました。
それが2000年代に入り徐々に「力による支配」が大きく意味をなしてきたように感じます。
一般市民の私ですら、現在の世界情勢は危ういと感じざる負えません。
こんな言葉がありますが、「歴史は繰り返す」ことだけは絶対にならないと祈ります。

資料館の出口をでると、時間的に式典会場を通り抜けることができたのですが、献花台のところはまだバリケードが設置されていました。
献花台の方向を見ていると、要人らしき黒のスーツ姿の人が数人。遠目で一人の人物が供花。
その後、5~6人の黒のスーツ姿のひとが立ち去るときに、『悠仁さま~」の声が。
そうなんです。偶然にも悠仁さまが供花されたであろうところを目撃したのでした。
こんな偶然、ないですよね。
黒塗りの高級車に要人が乗り込む時には、国旗を振リながら数十人の人か高級車が立ち去るのを見送っていました。
広島の放送局など色々なメディアが、その場を目撃した観光客にインタビューしていました。
その後、バリケードは撤去され一般の観光客も献花台のところまで入れるようになったので、私も手を合わせ、二度と戦争が起きないようにお祈りをしました。

悠仁さまに偶然にも遭遇出来たことは、何となく有難く思いました。
お好み焼き「みっちゃん」総本店
広島平和記念公園を後に、もう一つの目的は広島では有名な お好み焼き「みっちゃん」総本店での昼食でした。

資料館での見学が、外国からの観光客が多かったこともあり、かなりの時間を要してしまったので、「みっちゃん」での昼食は午後2時を大幅に過ぎていました。
さすが有名な人気店!広島に来たなら一度は行ってみたいお好み焼き店です。
当日は猛暑マックスだったので、思わず生ビールを注文!

酒の肴に広島名物「コウネ」を食べ、広島焼を注文!

もう満足の遅めの昼食でした(笑)
いざ広島城へ
お好み焼き「みっちゃん」で大満足で生き返ったあと、いざ広島城へ。
広電の「原爆ドーム前」駅の隣の「おりづるタワー」前の横断歩道を渡り、そのまま直進、道中 暑過ぎるので出来るだけ地下道を使いました。

広島県庁を過ぎ、「ひろしま美術館」を過ぎると廣島城の外堀へ。
原爆ドーム前から広島城までの所要時間は徒歩で約20分程です。

残念なことに『広島城」は2026年3月22日をもって閉館していました。
建て替えるか改装するか検討しているらしいとの情報でした。
救いは広島城の外観はそのまま見学できました。

敷地内や二の丸復元建物等は引き続き利用可能とのことでしたが、熊本城へ到着したのが午後5時前でしたので、残念ながら二の丸復元建物の見学も終了してしまっていました(悲)
結局、広島城の外観や敷地内を見学しただけで帰路につくことに。
まとめ
今回の旅のメインは、広島平和記念公園でしたので、目的達成ということで良かったと思います。
原爆ドーム、平和記念資料館、原爆の子の像など平和記念公園の全てを、心ゆくまで見学できたことで、平和の尊さを改めて心に刻むことが出来たと思います。

話は変わりますが、以前から広島には欧米の観光客が非常に多いと感じていました。
今回の旅でも同じく欧米の観光客が目立ち、資料館でも熱心に英語表記の説明文を熱心に読んでいる姿を多く見受けられ、有難いことだなと感じました。
唯一の被爆国、日本からのメッセージを全世界の人々に受け止めて頂けることを願い、戦争のない世界平和が何時の日か実現することを心から願っています。
おわり

コメント